OMOIDE IN MY HEADについて、あとIGGY POP FAN CLUB。自己解放

洋楽を和訳しようってブログなんだけどね。それだと重い腰があがらなくなっちゃうから。こんな風にたった2つ記事書いただけで終わっちゃうから。いや、というか、この衝動を発散させるためにだな。。。

 

NUMBER GIRL、OMOIDEIN MY HEAD、向井さんの頭の中にある思い出ってなんなんだろう。きっと特定の何かがあると思うのね。この曲。

IGGY POP FAN CULBにも特定の個人はいると思う。制服の少女よって。

歌詞を載せてみる。

 

 

ねむらずに朝が来て ふらつきながら帰る
誰もいない電車の中を 朝日が白昼夢色に染める
ああ制服の少女よ

気が狂いそうな青空と朝日のせいで白くまぶしい
俺は うすく目を開けて 閉じてそしてまた開く!!
現実と残像はくりかえし 気がつくとそこに
ポケットに手を突っこんで センチメンタル通りを
練り歩く 17歳の俺がいた

OMIDE IN MY HEAD...


朝日は いまだ白くまぶしくて
俺はおれをとりもどすのをじっと待ってる
だんだんクリアになってゆく 頭の中の想い出が遠ざかる
さあもう目を開けて 感傷のうずまきに沈んでゆく俺を
まぼろしに とりつかれた俺を
突き飛ばせ そしてどこかに 捨てちまえ

OMIDE IN MY HEAD...

 

 

ああ、こんなに悲しくて寂しくて強引に前向きな曲があるだろうか。

2ちゃんかどっかにこれは向井さんが20歳で作った曲だって書いてあった。

去年多摩美術大学の学祭のアコエレで、これは大学受験に失敗してその帰りに傷心しながら誰もいない電車の中で、明け方、5分で作ったって、向井さん本人が言ってた。

 

負の歴史を相殺せんとするような曲が好きだ。そんな曲がSCHOOL GIRL BYE BYEには入っている。次にはもうない。ZAZENにもない。カッコよさはどんどん増してくんだけどさ。SCHOOL GIRL BYE BYEはそんなに殺伐してないのね。それがちょっと物足りないけど沁みるときには、とんでもなくもう、こっちの方が

 

この曲聴くと思い出すのは、あんとき階段に座って電車がゴーって。そんなやり方に普通は生まれないセンチメンタルが、なぜか残ってる、、、、って前は感じたけど今は微妙かな。でも覚えている。

 

特定の思い出、IGGY POP~でもそうだけど、”それ自体”には触れないっていうのが、なんだかリアルで切実で、うまいって言っちゃうとちょっと冷めるけど、うまい。スポットが当たってるのは肉体の現在の自分で、でも意識はすーっとどっか飛んでて。

 

 

 

君は家猫娘だった
この部屋でいつも寝ころんで
俺のこの部屋に入り込む夕陽に映る
君の顔見とれてた俺はまさに赤色のエレジーだった!!

何度となく聞いたこの部屋で

君の夏 初体験物語
このレコードを君は嫌いって言った
この曲を笑いながらヘンな歌って言った

 

あの曲を いま聞いてる
忘れてた 君の顔のりんかくを一寸
思いだしたりしてみた

 

 

 

 

 まあ書ききることなんてないんだからこの辺でやめとく

 

 

 ツイッターの限界。こんな長文書けないし、人に見られたいようで見られたくないっていうジレンマが若干うっとおしいっていう。数少ないフォロワーがね。。いいねもらうと嬉しいんだけど忘れてほしいっていう。

 そんでぐっじゃぐじゃな文章だな。なんだこりゃ